3月14日(土)第174回例会

3月北研概要

0−1 北原メソッドの真髄のひとつ(北研京都支部MLから)

0−2 3年生のさよならメッセージ(3学期期末テストから)

0−3 「卒業生から後輩へのアドバイス」

1 英語教師北原の足跡(じじいの繰り言)

・赤坂中の玄関に入ると受付のところに消毒液が置かれていました。また、いつもの教室に入る手前のところには、「まずはお清めください」と張り紙があり、トイレの方向へ。手を洗ってから今度は入室の前に消毒液で消毒。マスクの無い人のためにマスクまで置いてくださっていました。教室では始終窓と廊下側のドアが開けられて厳重体制での開催となりました。細部に渡り準備をしてくださった北原先生、S先生、ありがとうございました。また、教室前の廊下には長野のH先生や京都のM先生の北原先生へのカードも飾ってありました。私は開始15分くらい前に到着したのですが、すでに教室は満員で最後列の席を確保できましたがその後に来られた先生方は机の無い椅子だけの席となりました。東京都の先生方や近県の先生方の顔が見られましたが、いつも見える遠方からの先生方のお顔が拝見できなかったのはちょっと寂しくもありました。飛行機や新幹線を使って来られていた先生方がコロナのせいで断念されたことそのお気持ちを察するとせめてこのレポートをしっかり送らねばと思います。開始前にはこれまで開催された夏の合宿(熱海、高知、宮崎、長崎、茨城)の写真、北原先生のあの600人以上が体育館で参観された最後の都中英研研究授業の映像、そして北研の先生たちで演じた英語劇Friendsの映像など懐かしい映像が映し出され北原先生とあれこれ皆で話しながら振り返ることができました。

0−1 北原メソッドの真髄のひとつ(北研京都支部MLから)

・レジュメから一部抜粋します・・・第3章リーディング指導 これまでの自らの授業スタイルでは確実に到達できないところに生徒を連れていける方法が凝縮されている。実際に授業の中で生徒たちが力をつけていく姿を生徒自身が感じているような変容が見られた。「能動的な授業」へ変わっていった。北原メソッドでじゃれマガ、読みトレに出会えたことに感謝。この出会いがなければ使い方はおろか使用教材ですらなかったでしょう。

・文章の中で印象に残った部分を抜き出させていただきます。「今までは「教科書をどう教えるか」しか知らずに指導していましたが、「食材をどう工夫して食べてもらうか」に意識が向き、仕上げたものを食べるのではなく調理実習のように自らやってみる楽しさや栄養を考える楽しみのようなものを北原メソッドのリーディング指導で、普段の授業に活かしていくようになりました」

教科書の文章だけでなく、未知の文章に対して考えることを楽しむということを私も生徒たちに伝えたいと思いました。文の意味を理解して終わりではなく、その文章を生かしてどのような活動につなげるかを考えていきたいと思います。

・こちらを拝見して、やはり「読みたい」と思えるような身近なニュースや題材をじゃれマガや読みトレは提供してくださるから、生徒も興味を持って読んでいるのだと思いました。読みトレは本校でも北原先生に教えていただいたやり方で実践しています。ちょっとした投げかけに(品詞や派生語、言い換えなどを問うと)生徒の目がキラキラします。題材が興味深いだけでなく、北原メソッドで指導した時の生徒の脳は活発になります。

・「北原メソッドでじゃれマガ、読みトレに出会えたことに感謝です。この出会いがなければ使い方はおろか使用教材ですらもなかったでしょう。既習•未習に関わらずストーリーがすっと入ってくる生きた英語の感覚を生徒たちも楽しんでいる様子です。」という部分にとても共感しました。今は1年生をもっているので、まだじゃれマガ読みトレは取り入れていませんが、以前の学校では使わせて頂いており、楽しんで取り組んでいました。来年度は今よりも更に北原メソッドを自分の授業に取り入れられるよう、頑張ります。

・京都支部に参加されている先生方のメッセージが紹介されていますが、「させられる授業」から「能動的な授業」に変わったという記述が非常に印象に残りました。英語の良き話し手、使い手として生徒たちを育てていくために、何か課題をさせられる、説明ばかり聞いている授業では機能しません。様々な活動を通して、英語を使って表現する、以前に学んだことを考えながらふり返り、確認するなどのプロセスが必要ですが、北原メソッドにそれらが盛り込まれ、また教科指導以前のところで生徒との信頼関係を北原先生が作られて、「英語で表現したい。」「この活動をすれば力になる。」ということに生徒が気づいて能動的に授業に参加するという流れがあると思います。

0−2 3年生のさよならメッセージ(3学期期末テストから)

・Criteriaが参考になりました。(詳細は「英語授業の「幹」をつくる本」P.190も掲載)量(Fluency)、質(Accuracy)をメインにかつ均等に見られていることと、構成点が別で設けられているのがポイントだと思います。見せていただいた答案は立派に書けているものばかりでしたので、あまり低い点数の生徒さんはいなかったのかなと思います。(多い生徒で40文以上、全体的にも2-30文が平均的だったようです。)ボーナス点も素敵!好きです!そして3人の先生方がみなさんコメント(もちろん英語で)を返されていたのも素敵だと思いました。

・3学期学年末テストから 北原先生、ALT、S先生の中から一人を選び、3年間の英語学習の思い出を織り交ぜて手紙を書くというもの。4人の生徒さんの手紙を見せていただきましたが、B4の解答用紙びっしりに書かれた英文の量に驚かされました。配点は50点(+ボーナス点5点)だったので、テストの後半20~30分位で書いたのかのかなあと思いながら読んでみると、最初はたくさん叱られらことや、歌やスキットで力をつけてきたこと、これからの決意、感謝の気持ちがたくさん書かれていました。「どうしてこんなにたくさん書いたの?」と聞くと、生徒は「書くことがたくさんあったから」という答えだったそうです。また、懇親会で北原先生は、大変だった3年生があんなふうにかけたのは、半分くらい担任のK先生のおかげ、ともおっしゃっていました。そして、今まで気になっていた「そんな3年生、音読25回の宿題はしてきたのですか」という質問をさせていただくと、(北原先生)「するわけないじゃん」!!もちろん、全くやらないわけではないでしょうし、3年間の積み重ねだと思いますが、それでも、あんなに堂々とパフォーマンスし、素晴らしい英文が書けるようになる、ということは、北原メソッドのすごさと、やんちゃな学年(北原先生は「今回の3年生は、これまでに比べると力はついていない」とおっしゃっていましたが)の希望だと思いました。

・3年生の学年末試験は、北原先生にあてた手紙を英語で書く課題でした。幹本のテスト編にも書いてあり、ずっと興味をもっていましたが、実際の作文を読むのは初めてでした。読んでみて感じたのは、生徒の北原先生愛が詰まっているということです。どの生徒も、数ある北原先生とのエピソードの中から、一番印象の強い思い出を、自分の言葉で生き生きと表現していました。生徒の中には、北原先生の第一印象を”grumpy, old teacher, always angry and shouting, cold-hearted landlord”と書いたり、うるさくしすぎてゴミ箱缶の上で学習させられた思い出を取り上げたりしていましたが、むしろ北原先生への愛が感じられて微笑ましかったです。さらに驚いたのは、英語が得意な生徒だけではなく、苦手な生徒も相当の文数で作文していたことです。このように、自分が書きたいと思ったことを自分の英語で臆することなく書ける生徒を育てたいなと思いました。

・「中学3年生の文章か!?」と思うほどたくさんの英文が記述されていました。私も前任校で3クラスに対して行ったことがありますが、読むのが大変でした。しかし、赤坂中の生徒は分量が圧巻!接続詞や関係詞、接触節を使いこなし、1文が長い!関係代名詞に入る時に、これまでの接触節の一覧を出してトレーニングしたり、日本文化紹介で頭の中で作文させる時に1文を長くするトレーニングをさせますが、これらが効いていると思います。あとは何と言っても気持ちです。北原先生への感謝と思いが溢れていました。「伝えたいことがある」というのが一番です。

・北原先生、S先生、ALTの3人の先生方のうち、1人の先生を選んでメッセージを書く期末考査の問題で、生徒さんの作品が紹介されました。多少のエラーや綴りの間違い等はあっても、どの作品も中学3年生としては十分にボリュームがあり、面白い作品でした。北原先生の授業、指導に感謝しているメッセージが印象的でした。英語は苦手だったけれど、一番たくさん書いた生徒に「どうしてこんなに書けたのか」たずねると「書くことがあった。」という回答だったそうです。以前、スピーキングにおいて、最後は”How to speak” よりも”What to speak”が大事とよく言われますが、ここでも同じことが言えると思いました。

・3年生の最後の定期考査で、先生方へのお礼の手紙を書きます。評価基準は、文量、質、流れ、感動や笑いがあるかです。どの生徒も英文量が多く驚きました。多少のミスはあるものの、内容もあり伝わりました。伝えたいことがたくさんあることが分かります。「the trash can」とタイトルをつけた生徒は、授業中の北原先生とのやり取りが書かれていました。作文には感謝の想いや、授業の思い出が書かれており、英語の授業が楽しかったということが、とても伝わりました。中学3年間で学習した表現をフル活用している印象を受けました。

・20文以上書いて点数をもらえるということに衝撃です。見せて頂いた4人は17文、32文、43文、42文書いていました。どの子の手紙も、北原先生との関係の良さが滲み出ていました。思い出を綴っていたり、将来また北原先生と会ったらしたいことなどを綴っていたり、英語でも子供たちの気持ちが伝わってきました。

・言葉の威力、言葉がいかに人の心を動かすかということを感じました。そのとき私は、北原先生が、授業で表面的なものだけを教えるのではなく、どう使うか、どんな時にどの言葉を選ぶのか、つまり、どんな人間であってほしいかを英語の授業を通して生徒に伝えている先生なのだと思ったのです。今回のテストの答案には、北原先生の厳しさも書かれていました。しかし、時間が経つとともにその基にある愛情を生徒が受け取っていたことが分かる内容でした。中嶋洋一先生の『「プロ教師」に学ぶ真のアクティブ・ラーニング』p.47-48が思い浮かびました。

・拝見した答案のうちの一人は、ネイティブ並みに英語ができる生徒で、初めは授業に真剣に取り組まずにいたようです。その活動に意味があるのかと思っていたようですが、後に生徒自身でその意味に気づき、先生が諦めずに指導してくださったことに感謝しています。北原先生が熱心に自分たちのことを考えてくださっていることに気づいたと書いてありました。

・最後のテストは、北原先生、菅、Joel先生の内一人を選びメッセージを書くというテストです。多くの生徒がたくさんメッセージを書いてくれました。思わず笑ってしまうような内容や涙腺が緩んでしまうような内容のメッセージがいくつもありました。テスト翌日のテスト返却日に北原先生から「英語力は最低だったが一番たくさん書いてくれた。なぜ?」という問いかけがありました。生徒が「書くことがいっぱいあったから」と答えがありました。授業中にBasic Dialogが終わらなかったペアが昼休み、放課後に来なかったり、忘れものを連発したりと、注意されたり叱られることが多かった学年でしたが、想像力の豊かさとエネルギッシュさで溢れるパフォーマンスを行う学年でもありました。1年生の時に不登校で、3年生になって本腰を入れて勉強し始め、都立テストでライティングを除き80点を取ったことを書いてくれた生徒や、採点していて「この子こんなに書けるようになったの!?(驚嘆)」と思った生徒など、彼らの集大成を見て、彼らの成長ぶりにただただ驚く一方でした。

・6名の生徒の答案を見せていただきました。「英語力が一番低かったけど、一番たくさん書いてくれた。」との北原先生の言葉に対し、「書くことがたくさんあったから。」と生徒のみなさん。みなさん書く量が多く、それだけ楽しみながら、真剣に3年間英語に向き合ってきたからこそなのだと思いました。the trash canの苦学生の生徒や、実は北原先生のことを「先生はここで教えるような人じゃないんだ。」と言った生徒、また、一年生の時には不登校だったけれど、三年生になって勉強し、入試で80点をとった生徒(英作文を除く)など、それぞれユーモアや勉強してきた思いが込められていました。必ずしも難しい表現ではないのに、言いたいことを伝えられていて、とても感銘を受けました。何語であっても語彙が少ないと文章が単調になると思うのですが、書きたい内容にみあった語彙も身に付けているところに三年間の積み重ねが表れていると思いました。また、もし私の学校でthe trash canの生徒のようなことがあったら、その生徒とコミュニケーションがとれなくなってしまいそうだと思いましたが、前向きに彼が勉強し続けられたのは、北原先生の細やかさがあるからだと思いました。生徒一人一人に対するメッセージからもそれを感じました。

・今年度の3年生3学期期末試験で赤坂中の生徒たちが書いた北原先生への英語メッセージを4人分、拝見させていただきました。なんとか先生への思いを文章にした生徒、教師も一瞬考えてしまうような難しい単語を使って文を書いた生徒、高校で学習する仮定法を使いこなして素晴らしい文を書いた生徒、どの生徒の答案も多少の文法ミス、単語のスペルミス等はありましたが、生徒たちは、それらの些細なミスを恐れることなく、とにかく「自分の思いを伝えたい」というその一心で英文を書いていたように感じました。生徒たちの実際の答案も見させていただきましたが、どの文章も生徒たちの北原先生に対する熱い思いと感謝の気持ちにあふれていました。授業を通して、これだけの生徒との絆、信頼性を築くことできる北原先生の授業力、人柄に改めて、感動しました。また、この試験を拝見させていただいてもう一つ気になったことは、生徒の書いた英文の採点方法です。北原先生は書いた英文の量、質(内容)で採点されており、細かい文法ミスや、単語のスペルミスで減点などはされていませんでした。この採点法、普段からの指導方針が生徒たちの「ミスを恐れずにとにかく、書こう」という姿勢につながっているのだな、と感じました。来年度、自分の学校で生徒にライティングのアクティビティーをさせる際、この点を意識してやっていきたいと思います。

・1枚目の生徒は、いつもS先生のクラスを選択するし北原先生に対していいように思っていない様子だったが北原先生への感謝の気持ちを書いていた。ALTのJ先生に対しても、北原先生はこんなところで教えるべき先生じゃない、開成とかで教える先生なんだと言っていたそう。(先生好きーと素直に好意を示してくれる生徒もいれば、こういう生徒もいるもんですね)2枚目の生徒。タイトル「The trash can」あまりにうるさかったので、菅さんのクラスに一回追放された。戻ってきてからもうるさいので席を移動させて後ろの端のゴミ箱に板を置いて勉強させていた。北原先生に苦学生と言われていたと書いている。最初は勉強しづらかったけどだんだん慣れてきた、英語の教室も僕が辞書を忘れて掃除をするのでピカピカと書いていた。北原先生の授業を3年間受けられたことへの感謝や幹ノートを買ってこれからも勉強するという決意が書かれている。A君:1年の時学校に来ていない生徒が都立入試で80点以上取った。Aパターンの文法導入の授業が大きい。毎回1年から毎回振り返れるから、追いつくことができた。3枚目。英語の歌「Bad day」入試前だから勇気づけるために北原先生はこの曲を選んだ。(この曲は、歌詞も文になっているし、メッセージ性もありとてもいい曲だと思いました。コメントも英語の先生が聴かせてくれてからドはまりしてますというのが何個かありました。)生徒には「この赤坂来てから、最低の成績の学年だよ。でも、この作文は過去最高。内容があることが重要」と振り返りをされたそうです。

0-3 「卒業生からの後輩へのアドバイス」

・「辞書、英語の歌、発音、音読、文法、宿題、テスト、パフォーマンステスト・スピーキングテスト、長文、積極性・授業態度、リーディング、リスニング、スピーキング、ライティング、語彙、ベーシック・ダイアログ、その他」に分けて後輩にアドバイス。「私は1年生のころ不登校で学校に来ていませんでした。もちろん不登校の頃、勉強なんてしていません。まともに勉強し始めたのは3年生になってからです。この1年の勉強だけでも入試で80点取れます。…」と書いた生徒は1年生の1学期に戻る文法指導で、力をつけていったそうです。他にも、「頭の中の音を探しながら書きました.・・・1年生の頃から音読は必ず力になることを実感したテストでした。そしてあらゆるところから単語を知ることも効果的だと思います。授業でやる『読みトレ』『じゃれマガ』『歌』でかなりの単語を知ったと思います」「頭の中に文章のおとを入れておくことができたから。授業中の音読が大きい。その音を替えればいくらでも表現できる」(2019)と先生がおっしゃっている、英語の音を頭の中にたくさん入れる大切さを、生徒自身がしっかりと理解していることがわかりました。

・これは新3年生に読ませると、本気になって読みます。直属の先輩たちの生の声ですので、とても効果的です。後輩が読みやすいように、英検の取得級上からの順番と項目別にされています。「発音」「スピーキング」にカテゴライズされた記述の量が最も多く、ついで「積極性・授業態度」「テスト」と続いていました。音声を重視し、授業に一生懸命取り組むと力がつくという生徒の実感から得た思いが伝わるメッセージだと思いました。

・英語の歌、発音、音読、文法、スピーキングテスト、リーディング・リスニングなどにカテゴライズされた項目について生徒さんたちのコメントから授業での活動を通して力をつけてきたことがわかります。卒業生、上級生などの先輩からのコメントはやはり後輩にも大きく影響すると思います。北原メソッドで育ち、力がついたと実感している卒業生、上級生のメッセージは後輩に引き継がれ、その生徒たちが実際に北原メソッドを体感して力をつけて次の後輩たちに残していくことになっていく。つまり目の前の生徒たちをしっかり育てて信頼関係を作っていくことが、生徒にとっても、教師にとってもよいサイクル、環境を作っているといえると思います。

・A3用紙およそ3ページ分にびっしりとアドバイスが書かれていました。辞書、英語の歌、発音、音読、文法、宿題、テスト、パフォーマンス(スキット)・スピーキングテスト、長文、、積極性・授業態度、リーディング、リスニング、スピーキング、ライティング、語彙、ベーシック・ダイアログ、その他で分類されています。また、定期テスト後のアンケートから、「なぜこんなに書けるようになったと思いますか。」という問いに、スキット、ライティングノート、たくさん英文を読む、好きになる、楽しくやる、じゃれマガで文法、音読、歌をたくさん聞いた、連語、映画など、様々なキーワードが出てきました。話す、聞く、書く、読むことでまんべんなく英語に触れる機会があったことが分かりました。北原メソッドだとそれが可能だということが分かります。

・学年末テスト返却時に以下の各項目について「これやるといいよ!」と思う勉強法を書いてもらうアンケートを行いました。(辞書、英語の歌、発音、音読、文法、宿題、テスト、パフォーマンステスト、長文、積極性、リーディング、リスニング、スピーキング、ライティング、べーシックダイアログ、その他)アンケートを集計していて感じたのは積極性についての生徒からのアドバイスでした。積極的に手を挙げるのは良い、間違ってもいいから発言する、積極的に頑張れば成果が上がるなど、授業を積極的に受けることを生徒たちが後輩に強くお勧めしていました。教員が授業で勝負をすれば、生徒たちも授業で勝負しにくるんだなと感じました。3年間持ち上がった学年だったので、始めは彼らが考えてることはだいたい分かる、何が楽しかったか、何が課題であったか、分かるよ、分かる、という思いでアンケートを集計し始めましたが、僕の予想を越える彼らの回答になりました。前述した通り、積極性の項目に多くの生徒が「間違えを恐れないでいけば成長する」といった類のアドバイスを寄せていたのも予想を越えてのことでしたし、例えば英語の歌の項目には予想以上に「楽しかった」や「下手でもいいから声に出して歌おう」といったアドバイスが集まりました。歌を歌うことで英語が身に着くということを生徒たちは実感していたのです。また、リーディングの項目には「英語をいちいち日本語に変換して読むのではなく、英語のまま理解する」というアドバイスがあり、これも日ごろから北原先生が生徒たちに伝えている内容で、実際に生徒たちもそのようにして英語に取り組んでいたのだなと気が付きました。ちなみに宿題の項目には「毎日やらないと大変な目に合うぞ」という意見がありました(笑)

・「発声することが大切」「発音が良い人のまねをする」「声に出しながら書く」など、音から入る、音から理解することの大切さを生徒たちも身をもって経験しているからこそ、そのことがたくさん書かれていました。また、積極的に取り組むことや、英語を日本語に変換せず、英語のまま理解すること、間違ってもいいから話すことの大切さを書いている生徒も多かったです。先輩の姿、発表を見た後輩たちにとって、これ以上説得力のある言葉はないだろうなと思います。

・「辞書」「英語の歌」「発音」「音読」「文法」「宿題」「テスト」「パフォーマンステスト」「長文」「積極性・授業態度」「」リーディング」「リスニング」「スピーキング」「ライティング」「語彙」「べーシックダイアログ」「その他」以上のそれぞれの項目ごとに今年の卒業生が後輩たちに向けて、英語学習に関する様々なアドバイスをしていました。これを見ると、生徒たちが英語学習において大切なことをきちんと理解、体得していることが分かります。北原メソッドでの3年間の授業を通して、生徒たちは単純に英語力をつけるだけでなく、生涯にわたって使える普遍的な英語学習法まで身につけているのだ、ということが分かりました。私もよく、生徒たちに英語の学習方法を話しますが、それを聞いて実践する生徒はほんの一握りのように感じています。自分たちの先輩からのアドバイスの方が生徒たちは、実際にやってみよう、という気持ちになるのではないかと思いました。次年度、是非「先輩から後輩へのメッセージ」をやってみようと思います。

・1年生の頃、学校に登校できなかったAくんのコメントより「この1年の勉強だけでも(都立)入試で80点取れます(自己採点)。単語を覚え、長文を読む練習をする。発声すれば伸びていきます。」Aくんは、定期考査のメッセージ(前述)でも、13文と量は十分でなかったものの、しっかりと自分の思いを綴っていました。Aくんの成長(学習面や英語に対する前向きな姿勢)こそ、北原メソッドの生きた証でありますし、私たち教員が願うことだと思います。

1 英語教師北原の足跡

(1)師匠との出会い(25歳)

 初任校では、授業を英語で行うと、生徒に「日本語しゃべれよ、オラ。かっこつけてんじゃねーよ」と威圧をかけられたこともあった。休み時間にトイレの個室に入ると、生徒に上からバケツで水をかけられたこともあった。しかし自分の授業に自信があった。家庭教師として、受け持った子は100%志望校に進学させることができたので、人の授業なんか見に行かなくてもと思っていた。ある時、当時の教頭先生の机に研究授業のお知らせが載っていたので、同僚と一緒に行った。O先生の授業だった。終わったあと、一言も話せなくなった。「授業をちゃんとやろう。ジャージ姿じゃだめだ」と思った。

(2)修行時代(20代後半)

 隣の中学校へO先生が異動して来られたのをチャンスに、よくR中学校に出かけた。O先生は何回も同じことを言うのだが、自分が英語教育の勉強をして実践を積んでいくとそれまでわからなかった話が突如理解できるようになった。それが一番楽しみだった。

(3)出版社に目をつけられる(20代後半)

 原作の「不思議の国のアリス」に出てくるテーブルは3本足。教科書に4本足と書かれていたことに気づき、教科書会社に電話したところ、教科書を書かないかと言われ、断る。問題集を執筆した。例文を沢山書くのだが、インプットなしにアウトプットするのが辛くなる。

(4)日本初中学生海外研修海外短期留学引率者に選ばれる。

(5)都開発委員に選ばれる(33歳)

 都研究院をスキップしていきなり開発委員に。ペアワーク誕生。都中英研研究発表会公開授業者にえらばれる。

(6)文部省海外研修(長期)に選ばれる(34歳)

 2期生。東京都の中学校教員としては初。3週間×4の語学学校時代。出発が6月。9月の終わりまでは語学学校。10月から学校が始まる。語学学校は、最初は良かったが、4か月も続くと、飽きてくる。英語教育についてではなく、英語を勉強するだけ。そのうち10月になり、エクスター大学での理論漬けの日々がはじまる。エッセイを沢山書くことになるが、抽象的な内容を書く人は×にされていた。北原先生は「生徒が主体的に動けるペアワークについて学びたい」という明確な内容だったので○がついていた。フォイルズのベースメントの本屋さんに英語教育についての本が沢山あった。5ページ使えるページがあったら買って帰ろう。と決めていた。

(7)仕事がやってくる(35・45歳)

 教科書をやらないかと何社かから話があったが、当時は全く興味がなかったのでお断りしていた。しかし、O 先生に「教科書やらない?」といわれてSunshine の執筆に携わることになる。

(8)もっと仕事がやってくる(46・52歳)

 都中英研研究部長。東京教師道場助言者。教師道場は授業そのものについての研究をするので、東京の人はぜひやったほうがいい。第55回全英連東京大会ワークショップ発表者。第20回「英検」研究助成論文入選、執筆。3級を持っている人に質問していってどの力ができるか調査して数値化し、Can-doリストを作成。英検ではできなかったが、その後文科省がやるといって、Sunshineの教科書の裏側に載せることに。

(9)赤坂中時代(53・65歳)

 東京都中学校英語学芸大会優勝「Barefoot Gen」。東京都教育委員会「学力向上を図るための教材作成等委員」。都中英研研究部公開授業者(612人参加)。皆喋る言葉がちがう。全国様々なところから参観に訪れていた。北研アカデミー発足。44名からはじまり、最後は10人しか残らなかった。課題図書について月の前半で一章、後半で一章論文をかく。再任用満了で赤坂中学校退職。上智大学文学部英文学科・愛知淑徳大学交流文化学部非常勤講師

・初任校で新任の先生として紹介された直後に態度の悪い生徒を指導したら、その後でつっぱりグループの生徒たちが体育館の裏で徒党を組んで臨戦態勢で待ち構えていたところを上手に対応されたことが紹介されました。あるとき管理職のデスクに研究授業の案内を見つけ、「これ、何ですか?」とたずねたところ、当時の管理職は行かせたがらず、情報を伝えなかったけれど、北原先生ご自身で詳細な情報を入手されて、長先生の研究授業を参観されたそうです。そこで深く感銘を受けられたことで、生徒との信頼関係を作るためにまず授業を大事にされるようになったと話されました。学生時代にアルバイトで家庭教師をされたときも、担当のお子さんたちはみなさん第一志望の学校に合格させられ、ESSで英語も鍛えられていたので、教えることには自信があり、それまで学級指導や部活の指導を熱心にされていましたが、長先生の授業から、「まずは授業」と痛感されたそうです。

・検定教科書”CROWN”の「不思議の国のアリス」の教材で、脚が4本あるテーブルのさし絵について、原書を読んでいらしたので、「”three-leged table”と書かれているのにおかしい」と出版社に問い合わせをされたお話も紹介されました。原書などの題材背景につながる大もとの資料をしっかり確認することは教材研究としても大事なことで、日頃はとにかく忙殺されるような毎日ですが、長期の休みの時などを利用してもっと資料にあたらなければいけないと思いました。

・イギリスに長期研修で滞在したときは、ペアワークについて研究をされました。ペアワークについての文献はあまりないのですが、レファレンスを探そうとロンドンの書店Foylesによく通い、英語教育や教授法の書籍は地下にまとめられていたので、片っ端から書籍を手に取られ、だんだんと書店内の勝手がよくわかるようになり、店員と間違われ書籍がどこにあるかたずねられて案内することもあったそうです。現地の学校の授業を担当するために校長先生に交渉し、「レベルが高いから」とはじめは許可してもらえなかったが、粘り強く交渉を続けて北原先生だけが許可をいただけたそうです。たくさんの文献に触れ、実際の学校現場での授業を担当されたところから、北原先生のペアワークや北原メソッドが生まれたことを考えると、まさに「理論と実践をどちらも踏まえた指導法である」と思います。帰国後、当時の文部省の仕事を受けたり、長先生の紹介で教科書著者になられたこと、全英連の公開授業を担当されたり、教師道場の指導者になられたこと、などのように、以前のように英語教師、そして英語教育をリードする形で活躍されたお話を伺いました。

・部活動指導を熱心にされ、学級経営の1つとして学級通信を熱心に書かれていたこと。その結果、部活動の生徒と学級の生徒は言うことを聞いてくれるようになる。しかし、一般生徒の心を掴むには、「授業」であり、「授業こそ命」と学んだ。このお話を聞き、改めて授業の大切さを感じました。そこから、様々な研究会への参加、教科書のミスを発見し、出版社に目をつけられる。30歳で日本初中学生海外短期留学引率者に選ばれる。33歳で都開発委員に選ばれ、ペアワークが誕生する。など、年表を見て、北原先生がなさっていることは、多岐に渡り、すごい量だと感じました。

・今回の北研の後半、北原先生のキャリア紹介のパートで言及(記述)されているように、生活指導でどうにもならないような生徒たちに対してこそ「授業で生徒の心を掴む」ということをラッキーにも北原先生と一緒に仕事をさせていただいて体験することができました。北原先生のキャリア紹介のパートでもう一つ気づいたのが分析することの大切さです。データを集め、分析し、改善に繋げる。根拠に基づいた授業づくりをすること。

・組織立ったやんちゃな生徒たちとの体育館裏での攻防やトイレでの出来事など、北原先生のお話がどれも衝撃的でした。それに、研修の案内がまわってこないことも驚きでした。クラスのこと、部活のことをどれだけ懸命にやっても、いい授業、楽しい授業、ためになる授業、生徒が主役になる授業をしなければ一般生徒の心はつかめないとありましたが、私が一年目の時に50代後半の先生から同じことをアドバイスしていただいたことを思い出しました。クラスのこと、不登校生徒や保護者の対応、部活、分掌や行事など、様々なことでいっぱいいっぱいになりがちですが、がんばろうという気持ちが増しました。北原先生の経歴を見せていただき、本当に1980年代の話?と思うほど、時代をリードする活動をなさってきたのだと改めて感じました。北原先生の言葉で「問題意識を常にもつ」という言葉が心に響きました。パフォーマンステストや定期テストなどから分析をし、どのように次につなげるか、生徒たちにとってより良い環境をつくりだしていくかが私たちのすべきことだと思いました。ちなみに私は北研設立の2004年に中学一年生だったので、今こうして教師になり、先生から学ばせていただいていることが本当に貴重なことだと実感しました。

・北原先生の英語教師としての人生を詳しいエピソードを交えて振り返りました。まず、北原先生の教師人生全体を通して感じたことは、若いころから、現在にいたるまで、エネルギー、やる気に満ち溢れている、ということです。普通、一つ何かを成し遂げると、もういいや、と思いがちですが北原先生の場合、すぐに次の新しいことを考え、それを間髪入れず実行に移していく。現状に満足せずに、常に自分自身をブラッシュアップしていこうとする姿勢が素晴らしいと感じました。これから、自分も教師として仕事を続けていくうえで、先生のような積極性を持ち続けてがんばっていきたい、と思いました。また、改めて感銘を受けたのは、先生の人生を貫く根幹は、「教師は授業が命だ」ということです。教員は担任、教科指導、部活指導、と幅広く様々な仕事をしていますが、最も大事にすべきは「授業」である、という言葉がこころにしみました。自分は最近、担任を持つ機会が減ってきておりましたが、この北原先生の言葉を聞き、自分も授業を通して生徒の心をつかむことを目標としてやっていきたいと思いました。

・今回は小グループの話し合いができませんでしたが、その分じっくりと北原先生の教員人生を伺うことができました。貴重な話でした。衝撃を受けた長先生の「雪の日の授業」から、20代後半の修業時代、イギリスでの6か月の研修、文部科学省、全英連、教科書会社から依頼された仕事の数々、そして、現在の上智大学の非常勤講師を勤めるまで…。「キャリア」を積むという面でも、自分自身の今までとこれからの教員人生について考える機会をいただきました。北原先生の口から出てくる恩師や同僚の先生方のお名前は、英語教育に関わる書籍などで、見たこと、耳にしたことがあるお名前ばかりです。現在も英語教育をリードしてくださっている先生方もたくさんいます。北原先生や同じ志を持つ先生方がつけてくださった英語教育の道筋を私たちが受け継いでいかなければいけない。そのために、もっと力をつけていきたいと思います。北原先生「研究は、ゼロからではいけない。テストの分析やグルーピングなど、日頃からしていることを基に行っていく。」→日頃から意識を持って、取り組んでいくことが大切。

・北原先生が英検助成論文を執筆されていた時、テータをたくさん集め、蓄積していくことが大切だった、と話してくださいました。English Kitchen in滋賀で北原先生にパフォーマンステストの映像を見せていただいてから、パフォーマンステストは必ず録画して残すようにしています。また生徒のWriting作品はScanして保存しています。ただ、そこから分析するところまでやりきれていません。この一年間を通して、北原メソッドを参考にパフォーマンステストや定期テストを行ってきました。私自身も成果を実感できたし、年度末の生徒アンケートからも力になったとのコメントをたくさんもらいました。せめてそれをまとめて、一年間の実践を振り返ろうと思います。動機があればやる気がでるかな!?と思うので、授業実践のデータをしっかり蓄積分析して、私も英検助成論文にチャレンジしてみたいです!(「中身が空虚で根拠がないのはダメ」と教えていただいたので、そうならないように。)

・中英研での活動や、英検助成論文を太田洋先生など複数の先生方とされていた話を聞いて、一人でやるのではなく「チーム」でやることに意義があると感じました。私は滋賀から川崎に来て4年目(育休で実質2年目)で分かってきたことは、中英研はその県(市)によって活動がまちまちなのだなということです。滋賀は2年前の全英連滋賀大会があったこともあり、中英研が組織立って活性化していく過程を身近に見させてもらいました。東京は長年、研究部や調査部などがしっかり活動されていると、北研を通して知りました。また今日の北原先生のお話(長先生にどうやったら研究部に入れますかと聞いて「ふふふ一本釣りだよ」と言われ5年待った)を聞いて、中英研に入れることは格式高くて、光栄なことなのだと知りました。つい先日興味が湧いて、都中英研のウェブサイトを覗いてみたところ、北研でお見かけしたことのある先生方のお名前が並んでいて感動!「おおお~!東京すごい!メンバーも多いし、部会も多い・・・!」と思っていたところです。中英研であってもなくてもいいのですが、川崎にも英語教師のための場や、研究したりもっと研修したりできる機会があればいいなと感じている最近です。

・北原先生の教師年表とともにお話を伺いました。教師第1日目については以前、教育新聞の記事のコピーで読ませていただきましたが、その時の様子をまるでビデオの再生映像さながらに伺いました。同僚のH先生と飲みながらどうしたらもっと学校が良くなるかを話し合った。(同僚のH先生はのちに全日本中学校校長会長になる)当時、若い男性教員は、ほとんど研究授業の出張には行かせてもらえずに学校にとどまってツッパリ君たちの指導をするのが常だったそうですが、ある日他校の研究授業の案内を見て、「こんなのがあるのか」と知った。それを分捕って行ってみたのが、長先生の授業だったそうです。今でこそ「授業こそ命」と言われるが、当時は誰も教えてくれなかった。ある時長先生が隣の学校に異動してこられた。北原先生による長先生の追っかけが始まる。幹の本にもありますが、所謂、長先生の「雪の日の授業」で英語教師としての北原先生の目を開かせてくれたわけです。理論の勉強と実践の積み上げに励んだ修行時代。三省堂のクラウンの教科書は若林俊輔先生が書かれていた。(あの『英語は「教わったように教えるな」』の著書)ある時、クラウンの教科書のミスに気付いた。ルイス・キャロルの原作を読んでいたので、教科書の挿絵にあるテーブルが4本だったことに疑問を感じ三省堂に電話して指摘した。原作では”three legged table” と書かれていたから。こんなことをやっていると出版社に目をつけられる。→都研究委員をスキップしていきなり開発委員に抜擢される。→34歳で文部省海外研修(長期)に選ばれる 次女の方が生まれて間もない頃にイギリスへ出発。エクセター大学での理論漬けの日々・・・印象に残ったエピソードを報告します。大学からロンドンまでは地下鉄で3、40分くらい。そのロンドンにある本屋(例えば英語教育に関する本なら1フロアいっぱいにある)に毎週末通った。本棚の端から端まで見た。ある時、客が自分のことを店員だと思って本を訪ねてきた。北原先生はその本ならあそこですよ。と場所まで教えることができるほど知り尽くしていた。このエピソードは中学生の頃町にある3軒のレコード屋さんで買えないレコードの歌詞を覚えるべく立ち読みをしていたという幹の本の場面を思い出させました。イギリスに派遣される前に全国の研修生が集まって合宿があったそうです。そこで出された課題が「研修に行くにあたっての自分のテーマを述べよ」というもの。皆翌日に大きなバッテンをもらっていたが、北原先生はマルだった。なぜか?他の人たちのテーマは抽象的なものばかりだった。先生は、「生徒が主体的にコミュニケーション活動できるようになるための勉強」というように具体的なものであり、また日頃の実践から生まれる疑問を学びたいという意思があった。日頃から定期試験の分析をするなど研究していないと、ゼロからのスタートでは難しい。エクセター大学で特に大きな学びになったのは、あの “Practical English Usage” の著者Michael Swan さんの4番目の奥さん(笑)が教えるコースに入れてもらったこと。Methodology が大変ためになった。

・幹の本を4冊書いたが本当は書きたいのはこういうの。今、80%ほど書き終えている。第4章「学校を変えてやる!」25歳の時初めて人の授業を見に行った。それまで出張があるのが知らなかった。当時荒れた学校で働いていた。英語科の公開授業のお知らせがあり、何かと聞いたら関係ないからと隠された。若手がいなくなるとツッパリグループを抑える教師がいなくなってしまうため、出張の存在を教えてもらってなかった。長先生は何回か授業公開して、毎回雪だった。当時、北原先生は、英語をしゃべることは苦じゃなかった。「日本語でしゃべろよ」「かっこつけてんじゃねーよ」と罵声を浴びせられた大学時代アルバイトで家庭教師をやっていた100%希望校入れた。40年以上前だったが、週1回3万円稼いでいた。友達が塾を初めてバイトもしていた、人気講師だったまるでピノキオ状態だった。人の授業見ようと思えない。しかし長先生の授業見て、授業とはこういうものだと思えた校長のところに行って、今の学校やめますと宣言して異動した以前は、バレーボールと学級通信で学校を変えようとしていた。授業をちゃんとやろうと決めた。同僚は今早稲田の教授をやっている人。日本の教育変えたいなと当時からずっと言っていた。第5章「授業が命だ」荒れていた学校で卑怯な人がいた。生徒と対峙しようとしない、後ろの方にいる。「北原君キャリアが大切だよ。」教科はライバルが多いが、道徳や特活がいいよとささやかれた。その人は、のち道徳のスペシャリストになっていた。20代後半三省堂の問題集を書く仕事が始まった。アウトプットばかりでは体が細ると気がついた。書いていくうちに力のなさが分かってくる。30歳墨田区で目玉を作ろうということで「日本初中学生海外留学引率者」に選ばれる。3週間引率。アメリカに当時行ったことなかった。ワイオミング州で3週間33歳東京都開発委員。研究員をやった人が開発委員。テーマを自分たちで決めて、合宿しながら色々なことをする。研究員開発委員。今年は何区と何区と決まっている。指導主事から話が来ないとできない。やってみたい人は、校長・指導主事に言っておく。英語科で10人ほどのメンバー。最後の2月の本番の授業公開で授業を行った。ペアワークは当時新しくて、生徒がたくさん動くのが驚いたという意見があった。スーパーペアワークの元になるもの34歳 文部省の海外研修に選ばれる。東京都は高校・中学・高校・中学と順番に、どうやって選んだ→開発委員会の授業をやった人。家内に言い出せなかった。上の子が2歳で下の子が生まれたばかり。「行きたいんでしょ」と言われ行かせてもらった。両家の親には頼らないというのが結婚で決めたこと。30年前、行ったら行ったきり、連絡が取れない。当時ペアワークが楽しかった。作って、やってみて、日本で流行らせたかった。オリンピックセンターで事前研修をした。どんな研修をしたいか書いて書類を提出する。レポートが翌日返却される。バツになった人は抽象的だった「コミュニカティブティーチングの勉強をしたい」など。具体的ではないと留学先での時間は全然ない。今まで自分がやったことでないと厳しい。だからこそ普段から問題意識を持つ。突然研究論文なんて書けない。6月出発9月向こうの語学学校に行く。10月から大学の授業。世界中から高校生も含め生徒がくる。3週間×4で12週間。だんだん飽きてきた。しゃべることはしゃべるけど、レベルはそんなに高くない。本を探すようになってきた。ペアワークに関する本はなにもないがレファレンスブックは大量にあった。ロンドンのFoylesという本屋に通った(basementは全部英語教育)。住んでいたところからロンドンまで1.5h、土日に行って本を片っ端から読んでいった。授業について向こうの校長に直談判していった。校長自らヨーロッパの英語の先生たちの授業を担当している。レベルが高すぎるから無理と言われたが北原先生だけ許可取れて参加した。Micheal Swanの「Practical English Usage」などを学んだ。3週間とても勉強になった。Methodologyを学んだ。辞書学で有名なエクセター大学。日本人生徒は6人。向こうで5ページ使えるなと思う本があったら買って、段ボールで日本に送った。夜、本を読んで分類分けをしていた。当時はパソコンなかった7.仕事がやってくる(35歳―45歳)。1990年:教科書会社2社からアプローチある。詰まらなそうだなと思ってた。一番楽しかったのは和田中学校時代。みんな仲良かった、八丈島に夏休みみんなでいっていた。全英連の公開授業の発表者になった。留学後8年文部省と仕事をした。1993年、長先生から教科書やってくれないと依頼があった。平成5年版から著者、このやり方でいいのかなと思ったので、英検助成論文入選した。今思えば稚拙だったけど絶賛された。データーをたくさんとっていた点と子ども中心にやっていた点が目に留まった。色々出来たのは仲間がいたから。色んな場所に行って、世の中にこんな人いるんだと刺激になった。英検のCan doリストを使ったSelf-Access Learningリスト作り。英検を受けようとしている生徒にどう判断してアドバイスする?英検の方のcan-doリストは項目が大人向けだから、中学生向けの言葉にしたものを作った。全国からのデーターを集めてやった。子どもたちが自分でチェックしていて自分で受かるか受からないか分かる。その直後に教科書の中にcan doを入れなさいと文科省が言ってきた。当時、校正も終わっていたので、急遽北原先生のリストを教科書の最後に入れた。英検講師派遣制度(北海道・沖縄)。2005年から中英研研究部長に就任。かなり大変だった。10年ほどやった。東京教師道場助言者、授業のことに専念できるからおすすめ。都中英研研究部公開授業者で612名参加。2016年北研アカデミー発足、最終的に46名から10名になった。〆切を守らない人は企業に推薦できないから、レポートの期限は重要。また、中身がない空虚なやつはだめ。

(参加したALTの先生のレポート)

Below is my report from the 174th Kitaken study session, which took place on Saturday, March 14, 2020.

*Backtrack**:*

The day before (Friday, March 13, 2020), we had a special visitor at my school! Just as a couple of my fellow colleagues from the English department were viewing one of Kitahara-sensei’s educational videos, the man himself popped out of the video like Sadako. Just kidding, he actually came through the door with his bicycle helmet still on. We were really lucky to suddenly have a personalized study session and as T-sensei mentioned in her report, our previously uncommunicative department became more motivated for the next school year. Thank you again, Kitahara-sensei for biking all the way to our school to provide us with specialized commentary!

*Study Session:*

We began the study session by looking over end-of-the-year comments for Kitahara-sensei by his students. One of the main themes throughout the comments was that students at first felt Kitahara-sensei was really strict, but then later realized the importance of his pushing them. The students’ self-reflection (on the usefulness of English songs, for example) demonstrates how they have learned a great deal from their teacher.

We then got to hear Kitahara-sensei discuss his career. Through his reflection, we could gain much insight into the life of an educator and I think we all contemplated our own teaching thus far. I hope to have such a lengthy list of accomplishments and experiences!

Kitahara-sensei, thank you so much for your dedication to English education. I’m so grateful I was introduced to your study group.  I learned a lot from you and want to continue learning from you. Not only that, but I was able to make acquaintances with fellow English teachers around the country. I am truly indebted to you.

Looking forward to seeing everyone at Kitaken in Bunkyo! Please stay healthy and take care.

All best,

(今回の北研の感想)

・最近、あるテレビ番組でディジタル教科書・教材が学力向上に一役買っているという番組だったか、ニュースだったかを見たときに、不思議に思った。点数が劇的に伸びたという教科が4教科だけで、英語だけが抜け落ちていたからである。いくら便利なものができたとしても、使い方を誤れば全く意味をなさないのだとその時に思った。3年生の答案用紙は、「最も英語力が劣る生徒」であっても、最初に挨拶、本論、最後に結びの挨拶、というような流れができているばかりか、一つ一つの英文を読んでも、文構造がおかしくて意味が分からない文は一つもない。そればかりか、内容が良い。北原先生「君たちは英語力は最低だったが、一番たくさん書いてくれた。」生徒「だって、書くことがたくさんあったから。」授業で他のクラスメイトに迷惑をかけた生徒が、忘れ物をして掃除したり、自分で悪いことをしたと振り返ったり、課題をやらなかったのでスパイラルワークシートを扱ってもらえなくなったことは良いと思っていないなどを綴っていた。中3で習う現在完了や後置修飾を自然に使いながら。北原先生との人としての繋がりが強く感じられる、人間味溢れる内容には心を動かされるものがあった。今回の研修でのお宝の一つは、「新1~3年生へ」である。後輩に向けて、役に立った授業と自分の勉強法「これやるといいよ!」を、3年生が心を込めて描いたものであり、多分、そのままコピーして使う目的で作られた一覧である。ここにも学年を越えた暖かい繋がりがある。研修の後半では、北原先生のキャリア紹介を通して、海外研修や論文発表を通じて、何度かの勉強を集中的にやる機会があったことがあり、北原メソッドがそういう理論的な裏付けが大きいということが伝わってきた。教科書の後ろについているCan-Doリストは、相当な実践も反映されているという。普段から何らかの持続的な問題意識をもって仕事に取組み、自分自身を向上させるようにということも伝わってきたように思う。研修の前日、滋賀県の中西先生から、幹本をあらためて読むためのガイドになるような、本の内容の全体像が会員に示された。研修で頂いた週案を読み返すにも役に立ちそうである。北原メソッドは、多くの活動は、形だけを真似ることはそれほど難しいことではないように見える。しかしながら「生きた授業」にするのは、実は相当難しいとあらためて思う。先日、ベートーヴェンの生誕250年の企画で、スケッチだけが残された交響曲第10番を、AIに作曲させて、少人数のアンサンブルで演奏する試みが行われた。その演奏からは、無駄を削ぎ落したモチーフの有機的な集合体、宗派を超えた神への祈り、厳しい社会生活での戦やドラマ、全人類の平和を願う心情など、楽聖の作品を特徴づけるものは全く感じ取ることはできず、空虚な見せかけしか感じられなかった。これからの時代、AIが英語教育にどれだけ貢献するであろうか?実際の授業では、生徒が目の前で何をしているのかをよく観察しながら、教師は瞬時に判断して、待ったり進んだり、考えたプランを微修正して授業を行う。集団相手であれば、限られた時間の中で、その場で気づいた大小の問題点にどう対処するかも求められる。もしかしたら、そういうことについて、AIは幾らかの手助けをしてくれるかもしれない。しかしながら、AIが中心になった授業で、果たして、今日読んだような生徒の作文が出来上がるだろうか?コミュニケーションが重要な英語においては、人との繋がりがより重要だ。やはり、生徒の顔を思い浮かべながら授業の準備をして、実際の授業は生徒と一緒に造りあげる要素が英語は特に大きいので、AIには難しい領域がより多いのではないかと思う。生徒と一緒に楽しみ、生徒の視点でものを物事を考え、日ごろから自らを高める努力をすること、これは人間にしかできないと思う。北原メソッドを正しく実践するための要素の一つだと思う。

・北原先生の英語教師年表はまだまだ続きます。とりあえず、この3月で再任用満了につき赤坂中学校を退職されること、本当にお疲れさまでした。私も「北研の魅力」をお伝えできるのであるならと考えてみました。これは、生徒たちにも同じだと思いますが、厳しくも深い愛情で真剣に私たちに応えてくださる、英語教育についてとことん、具体的にご自分の後ろ姿を常に示してくださる点、現役を貫いて現在の生徒の実際を見せてくださる点、どこの研修へ行っても生徒の成長を数値で示してくれる講師はいないです。そして何と言っても全国から集う先生方との学びだと思います。北研では、このように例会に参加したら一週間以内にレポートを発信することになっています。それは、全国の参加できなかった仲間へ伝えることと同時に自分の振り返りとなること、これがとても自分のためになっていると実感します。参加しっぱなしでは、忘れるのは早いです。参加者が同じ例会に出席しても感じ方受け取り方は違います。だから、これは〜先生が書かれていたから自分はいいだろうというのは、ダメだと以前仰っていましたよね。様々な人たちの様々なレポートを読むことで参加できた人も参加できなかった人も学ぶことが多いのです。以前、田尻先生がこの北研のことを(レポートについて)「北研ってすごいと」褒めてくださいましたよね。また、埼玉の川村先生も北研の第一回夏合宿に講師として参加してくださり、おっしゃっていました。それから赤坂中の国語科の甲斐先生(教科書の執筆者でもある)も、仰っていました。このメンバーとしてここに居られること自体に感謝したいです。皆で写真を撮っている頃、外は雨から雪に変わっていました。長先生の「雪の日の授業」を話題にしていたところだったのでなんとも感慨深い赤坂中での最後の北研でした。来年度もしっかり自分の目の前の生徒と向き合い授業で勝負していく覚悟です。皆様拙いレポートにお付き合いいただきありがとうございました。

・参加したいと 長年(10年くらい❓)思っていましたが勇気がなく参加することができませんでしたが勤務校の同僚(若手)に誘ってもらいようやく参加できました。こんなに近くで北原先生を拝見し、かつお話しさせていただけて光栄です。今まで本を読んで真似させていただいた北原メソッドを来年度は直に勉強させていただきます!今日はありがとうございました。

・北原先生、長年の教師人生ストーリーを聞かせてくださりありがとうございました。教師初日のエピソードを昨日のことのようにイキイキと話されるのには驚きました。学校の中だけに留まらず、外での活動も多くされながらも、やはり教室の生徒たちが第一、基本で進んでこられたのだなと思いました。英語指導のことだけでなく、ご家族のことや料理のことを含めて、北原先生の人生についてのお話を伺えることが、私が北研に魅力を感じる点です。今日のラスト例会@赤坂中にはそれが詰まっていました。ありがとうございました!

・北原メソッド初心者で、育休中のため、北研でしか同業者に会えない環境なので、ミキノートの存在や、実際に北原メソッドを行う上での自分の疑問点などを参加者と話しあうことができました。10月復帰にあたって、4月から行ってきた別の先生の授業スタイル(がたとえ悪魔のノート形式であっても)を変えないで授業したほうがいいだろうか?という私の質問にI先生から「そうすると本来10月からもっと力が付くはずだった生徒たちが自分のスタイルをしないがために付かなくなってしまうのではないか」との助言にその通り、と思いました。いろいろと復帰が心配です。育休復帰したら北原メソッドで始めたいと思っています。今までは参加できなかったですが、4月は懇親会にも参加したいと思っています。北原先生ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願い致します。

・最後に、北研を通して、北原先生からたくさんのことを学ばせていただきました。また、毎回、北研に来られている様々な学校の先生方と交流することを通して、普段、自分の学校で働いているだけでは見えないこと、分からないことを多く知ることができました。北研は自分にとって、まさに「学びの場」です。来年度以降も、北原先生は引き続き場所を変えて、北研を続けてくださる、とのことでとても心強い思いです。これからも、「北研」、「幹」の本を通して、自分自身をブラッシュアップさせていきたいと思います、北原先生、ありがとうございました、そして、これからもよろしくお願いいたします。

・今回のお話の中で、抽象的ではなく具体的にという言葉が出た時に、具体的に、わかりやすく指導することが生徒がもっと学びたいという気持ちにつながり、生徒たちのモチベーションの高さにつながっているのだなと思いました。来年度も、今向き合っている生徒たち、そしてこれから出会う生徒たちのために学び続けていきたいと思います。機会を与えていただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

・今回同じ職場の教員に誘っていただき、北研に参加させていただきました。1年ほど前に北研とは別の研修会で北原先生の話を聞いた時と同様、すごく驚きの多い一日でした。教え方が違えばこんなにも生徒の成長に変化があるのかと自分自身の授業組み立て方、やり方を見直し改善していかなければいけないなと強く感じました。3学期末テストの英作文を読んで、自分が教えている生徒がこんなにも量のある英作文を書くことはできないだろうかと感じました。また、生徒の文を読んでいると楽しそうに書いているなと思うようなユーモアのある文があり、とても驚きました。こんなにも書くことが生徒自身の中であるのかということにも驚きましたし、質についても高いなと感じました。北原先生が話していた中でネタがないと書けないと言っていて、生徒と北原先生との間にはたくさんの面白エピソードや印象に残るエピソードがあるなと感じ、自分自身の授業の中ではどうだろうと思い返してみました。また、生徒の作文の中で、授業中に北原先生が言っていた言葉について書いている生徒もいて、印象に残る言葉を授業の中で言っているなと思い、このことについても自分が教えている生徒の中で自分が言ったことを覚えている生徒がどれぐらいいるだろうかと思い、そんなにいないだろうなとがっかりした気持ちになりました。英語を教えるだけじゃなく、生徒の印象に残る教員と生徒とのやり取りも授業の中では大事だなと感じました。来年度に向けて「英語授業の幹をつくる本」を読み直し、生徒に何を学んでほしいのか、何を身につけさせたいのかをしっかり持ち、授業の組み立て方、やり方を考え、英語が好きだ、楽しいと思ってもらえるような授業をできるよう来年度に向けて準備し、本にある実践例を色々と試していきたいなと感じました。

・今回の北研に、初めて息子を連れて行きました。2014年、長崎で英語教員になった初めての夏、北研長崎支部が開催した北原先生の研修会に参加したのが北原先生との出会いでした。その年の秋に初めて赤坂中で北原先生の授業を参観させていただき、北研に参加。北研は子供の参加もOK。素晴らしい理念だなと思っていた独身時代。その私が、息子を連れて北研に参加できるなんて!みなさんには息子にお声を掛けてもらいました。本当にありがとうございました。このような状況にもかかわらず、北研を開催して下さった北原先生。感染防止対策としてマスク配布やアルコール消毒液などの準備をしっかりしていただき本当にありがとうござました。先生のご尽力がなければもしかしたら開催できていなかったかもしれません。お世話になった赤坂中にさよならを言えなかったかもしれません。当日は、雨の予報でしたが、まさか雪になるとは想像していませんでした。雪の日の北研に とてもお世話になった赤坂中で皆様と研修できたことを嬉しく思います。場所は変わりますが、これからも北研で勉強したいと思います。よろしくお願い致します。

・北原メソッドを実践してきて思うことは、3年生へ読みトレを行った時に、抵抗無くスッと入れる学年は1年生から北原メソッドを積み上げてきた学年です。音声重視で行ってきたはずなのに、初見文を読む力がついているのです。完成度はどうあれ、英語が苦手な生徒も、文句を言わず、躊躇無く取り組もうとする姿勢がみられます。しかし、転勤などの影響で、途中から入った学年では、そこまでの様子は見られませんでした。北原メソッドはルーティーンからの流れがある程度定まっていること、AパターンとBパターンで、教科書を活用して行うので、土台が整うのだと思います。教科書をしっかり使っていくので、家庭学習もできます。というか、やらざるを得ないほど、特に中学1年生の音読練習はしっかり行います。やはり、これがすべての土台なのだと感じています。来年度からの北研の会場はジャパンライムセミナースタジオということで、続けていただける事に感謝しています。北原メソッドを実践する中で、何度も幹の本に立ち返ります。また、北研に参加すると、「あ、これが押さえられていなかった」「ここを重視して指導すべきだった」と気づかされるのです。現任校では専任教師4名で取り組むことができています。しかし、英語科は授業が多く、なかなか教科の話し合いの時間が取れないことがあります。そんな時は「幹本の上巻の~章ね」というような伝え方もできます。他の3人の先生に「北原メソッド行うようになってどうだった?」と聞いたところ「とても良かった!」「生徒の力がついた」と答えが返ってきました。転勤される先生もいらっしゃり、このメンバーで続けられないのは残念ですが、また4月からスタートさせたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

・北原先生は、いつも生徒目線で、どのようにしたら生徒ができるようになるかを考えて日々を過ごされたことが分かります。実践→分析→再考→実践と繰り返し、普段の授業で常に問題意識を持って取り組み、どこを変えていきたいか、どうしていきたいか、日々分析していくべきだと教えていただきました。特に、課題は抽象的ではなく具体的に挙げていくことが大切だということです。北原先生が、時間と手間をかけて生徒にとって一番良いとたどりついた指導法を、惜しみなく私たちに教えてくださっていることを感謝しています。それは生徒にとってためになる授業をしてほしいという先生の思いがそうさせてくださっているのだと思います。その思いを受け、私も日々先生に近づけるように努力していきたいと思います。先生にお会いできる北研は、力の源になります。また、同じような思いをお持ちの先生方にもお会いできる場を作ってくださってありがとうございます。4月以降は場所を変えてとなりますが、まだまだ先生から学びたいです。よろしくお願いいたします。最後に、、、公立中学校での長い教員人生、お疲れさまでした。